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シャシャンボの開花

母の介護に付いていた思い出の木になったシャシャンボ。




数えきれない数の花が咲きました。

去年は皆無に近いくらい咲かなかったのに…。やはり秋から初夏にかけての降雨量が開花に影響していると言う説は正しいのでしょうか。

三~四年ぶりの大量の花でした。




密が美味しいのか蝶もとまります。

羽をゆっくりと開いたり閉じたりしながら、ストローを伸ばしています。
蜂は見当たりませんがシジミ?蝶も密を吸っています。




シャシャンボは雌しべがあまり花から飛び出ていないので、風による受粉はあまり期待できなさそうです。
でも花が裂けているのがあるので、何かを介して受粉していることには違いなさそうです。





香り?
もちろん嗅ぎましたよ。
女性の化粧品のおしろいの様な香りは今年も健在でした。

日本のブルーベリーのシャシャンボには花に香りがある。
これは間違いないです。

夜香木が咲けば香り比べができるのですが、悲しいかなタイミングが合わなさそうです。
残念!

大量に付いている時は香りは若干薄い感じがしますが、私的には、このくらいさりげない香りくらいが良いです。

風にのってうっすらと漂うシャシャンボの花の香り…。

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親友からの贈り物


先日、体調が気になっていた親友Mさんに電話した時、長崎からブログで記事を読んで下さっていた様で、
『お母さんのこと、大変でしたね。お疲れ様でした。~中略~、太麺のちゃんぽんを送りますね~。』
と。

これが、彼女のオススメ皿うどん。

一見、普通の皿うどんの写真に見えますが、太麺だそうです。

この麺は、麺を茹でて、片面をカリッと焼き、皿に盛って、あんをかけると言う食べ方をするのだそうです。

Mさん、珍しい品とお心使いを本当にありがとうございました。

元気が出る贈り物

今日は、ブルーベリー畑に行きたくなるくらいのお天気でした。
仕事が終わって、買い出しをし、香典返しの段取りにお店に立ち寄り、店長さんと打ち合わせしてから帰りました。

帰り着くと、どこか見覚えのある箱が・・。
そう、あの可愛い女の子がトレードマークと言えば(^m^)


20120622-甘々娘1


ブルーベリー大好きな方なら、この送り主が誰かわからない方はいらっしゃらないでしょう。(^ ^)

当たり!

sappiさんからの贈り物、甘々娘です。

本当に採りたて新鮮です。

実は、綺麗な白・黄色の粒揃いで、

20120622-甘々娘2

生で食べてもかなりの糖度で、とっても甘~く美味しいです。

早速茹でて、仏壇へお供えさせていただきました。
sappiさん、こちらの方こそお心遣いをありがとうございました。
m(_ _)m



シャシャンボのその後




シャシャンボの蕾が成長し、間もなく開花しそうです。

昨日の大雨が嘘の様な快晴。

会社に勤務し始めてから、この雨で、裏庭は草が伸びていたので、抜いたところはまた新たに草が…。

しばらく草との戦いですね。

母とシャシャンボとアイスクリーム

近畿、東海地方他、この度の台風で被害をお受けになりました方々、心よりお見舞い申し上げます。

最近、にわかに忙しくなったとお便り下さいました方々、お体を壊さない様に気を付けながら頑張って下さいね。
o(^-^)o


月曜日から会社へ勤務しております。
週の初めは葬儀や通夜へ参列して下さった方や、介護・葬儀等でご迷惑をおかけしたり、お世話になった方々へお礼の挨拶をしてまわりました。

約20人ほどへ、一人一人へご挨拶していると、さらに20人ほどの方からご香典を戴きました。
会社の皆さん、長い間お休みをいただいてご迷惑をおかけしました。お悔やみのご挨拶、ご香典をいただきまして、心よりお礼を申し上げます。m(_ _)m


ここ数日、夜になると睡魔に襲われております。
なかなかブログまで行きつかないところなので、休憩時間等に少しづつ何行か書きためて予約投稿をしておきます。

睡魔が落ち着きましたら、またご訪問させていただきますので、宜しくお願いいたします。







シャシャンボは日本のブルーベリーと呼ばれている日本に自生するブルーベリーの一種です。


母の入院中には2度だけ自宅に帰り、自宅への食料を買い出しして、翌朝、お弁当と夕食を作って、国東市へとんぼ帰りしておりました。帰ると姉と交代しておりました。

6月に入り、いつしか梅雨に・・。

2度目に帰った時裏庭に目をやると、今まで自宅のシャシャンボでは見たことがないくらい大量の蕾予備軍が付いておりました。

そのシャシャンボに蕾が付き始めました。
(2011年には冬から初夏にかけての降雨量が少なく、数個しかならず)


これを見ると、すぐに病院へ戻らねば・・、とか、介護についていたことが、昨日のことの様に思い出されます。
病院のあの部屋に行ったら、母の寝顔や、ひ孫を腕枕して、この上ない笑顔が見られる様な気もします。


介護した時に、母の顔を触る、手を握る、むくんだ足をさする・・、あの時の手に残った感触がまだ暖かなんですよ。

もうすぐシャシャンボが数え切れないくらいの花を付けます。
これから毎年、シャシャンボの花が咲く頃、二度と戻らないあの日々を思い出すのでしょう。

シャシャンボの実が色付くのは11月下旬~1月です。

自宅で採れたブルーベリーのスパルタンが少しばかり熟れていたので、仏前に供えました。




そして、今日、愛知の弟のkurobonさんが母が大好きだったものを送って来て下さいましたので、仏壇に供えて、
溶けないうちにまた冷凍庫へ・・。

kurobonさんからいただいたものはアイスクリームでした。


私の記事で、母が熱が出た時に冷たいものばかり食べていたと言う記事を読んで下さったらしく、お土産を買う際に、そちらにお送りしますね、とご連絡をいただいておりました。


届いたアイスクリームは見たこともない様な珍しいアイスがありました。

とうもこし
そば
えごま
ブルーベリー
バニラ


SH3L1000.jpg


開田高原アイスクリーム工房と書かれております。


SH3L1001.jpg


こちらのとうもろこしアイスとそばアイスは幕張メッセで開催された2012ご当地アイスグランプリで金賞を受賞された商品とのこと。

"えごま"や"とうもろこし"や"そば"のアイスも十分に珍しいものでしたが、パンフレットによると、大分にはまだ見かけたことのない様な食材、例えば

"スグリ"
"さるなし" 
"よもぎ"
"紅梅"
"はちみつ"
"かぼちゃ"

などのアイスもある様です。

何だか、こう言うのを拝見すると、商品開発を頑張っていらっしゃるのだなぁ、凄いなと思います。
kurobonさんのオススメのアイスクリームはとうもろこしアイス。
お供えしてから、お味見しましたが、ここのアイスはどう表現して良いのかわからないけれど

私なりの感想は、

新鮮な牛乳とバニラの風味が、驚くほど洗練されており、全世界に通用する味。雑味がなくて、
口に入れた時、ぱぁっと高原と明るい空がイメージできちゃう様な・・・、そんなアイスです。

とても美味しくいただきました。



kurobonさんからいただいた言葉は、

【お母さんに食べさせてあげて下さい】

【早く元気になって下さい】

うっ・・、なんて親孝行&姉孝行なお言葉(T T)

仏壇にお供えをして手を合わせると、高熱が続いた母が亡くなる最後の日まで食べ続けられたアイスや氷ばかり食べさせていたことを思い出し、また思いが込み上げて来ます。

生前に食していたら、
『美味しいなぁ』と言いながら目を細めていたことでしょう。

kurobonさん、パソコンへ記事を書きながら、母及び私に対するお心使いが嬉しくて、愛知の方を向いて手を合わせました。

これは、母が介護をしている私に感謝の気持ちを伝える時にしていた仕草です。
本当にありがとうございました。m(_ _)m

日々のこと

昨日、自宅へ帰り、夕食の支度をした後、遠くからの親戚で、ご香典をいただいた方々へお礼の電話をかけました。
朝は普通に起き、朝食の支度と子供のお弁当を作り、掃除後、義母宅へ。

今日は田植え用の苗取りの作業です。

嫁入り先の家業です。
旦那様と義母、私以外に、今日は息子と息子の友人も手伝ってくれ、助かりました。

介護、そのまま通夜、葬儀、初七日、手続き他全く休む暇がないまま、田植えに突入してしまいました。

久しぶりに雨でぬかるんだ畦道を苗箱を持って運びましたが、お昼の食事の片付けを済ませた後、急に今までの疲れがどっと出て来ました。
明日は田植え本番。

体がもつのか、ちょっと心配。


悲しみと引き換えにひとつの荷物をおろした感じですが、なんともいい様のない疲れです。

事故だけには気をつけなければ…。

家族として癌と戦う日々~入院中で一番心に残った看護

入院してからすでに三週間が経過していた頃のお話です。
母は、体力がどんどん消耗していっておりましたので、当然お風呂は入れません。

ありがたいことに、看護師さん達が何度か母の体を拭いて下さり助かりました。

年齢的なものもありますが、栄養状態が悪いと皮膚はどうしても乾燥してきます。

介護についている間はできるだけ顔以外にも腕や首、足など出ている部分にローション・乳液を塗り皮膚の乾燥を抑えました。

比較的雨が少なかったので、皮膚が乾燥すると、時々痒がっておりました。
これも肝硬変の症状のひとつだったのでしょうか。

皮膚にある程度の潤いを持たせていると、むやみにかきむしることはありませんでした。

ただ、ずっと気になっていたのが、母の洗髪でした。
黄疸になると、頭皮も黄色くなります。

"長いことお風呂に入れないのは、よほど具合が悪いからなのだろうか?"と、母も気持ちが暗くなりがち。


一週間くらいした頃から、洗ってあげたいなぁ、と思いましたが、ちょっと動いただけでハァハァと苦しそうに息を荒げるので、長時間かかるシャンプーは無理だろうと思っていたのです。

三週間、洗髪してあげたいなぁ、何か良い方法がないかしら・・。
と思っていた頃です。
亡くなる数日前のこと、毎週足浴の日に、私達家族のお気に入りの看護師さんが、足浴のお当番でした。
しっかりとしていて、人の心の良くわかる方でした。


この方は、人間的に素晴らしいなぁ、と思ったのは、付き添いに付いた人への対応の仕方です。

皆さんは、付き添いと医療サービスって、どの様にお考えになりますか?

もしも、ポータブルトイレが汚れた時、自宅なら家族が全て片づけるのが当たり前です。
他人に片づけてもらうなら、家政婦さんなりの方にお給金を支払って片づけてもらう、それも当たり前。

付き添いに付いているのだから、バケツを綺麗にするのも介護のうち。そう思って、姉も私もせっせと洗っておりました。


私達姉妹が、ポータブルトイレの排泄で汚れたバケツを汚物室で洗っている時、ある方は

『あ、ここにサンポールがあるから使って下さい。』と。

また、ある方は

『あ、ここ、片づけといてもらえますか?』

私達が進んでやっていることだから、別に良いのですが、なんだかモヤモヤ感が残る言葉でした。


ところが、バケツを片づける私達へ、Aさんの口から出た言葉は、

『すみません。ありがとうございます。』
そう言いながら、頭を下げるのでした。

まるで言葉が輝いて見えました。
彼女は感謝の心があるから、自然と出た言葉だったのだと思います。

私達はとても親しみを持ち、信頼をしていました。


そんな彼女がある提案をして下さいました。

『○○さん、今日は少し気分が良いようなら、髪を洗いましょうか?』

母と私はキョトンとしてしまいました。
体力を使いそうでとてもお願いできるなんて思ってみなかったのです。

『えっ?いいんですか?』

『ええ ^ ^』

もう一人の若い看護師さんと一緒にてきぱきと、髪を洗ってくれました。

用意していたものは、湯を入れるポリタンク。特大の紙オムツ。そして蛇腹付きの先端にジョロの様な口が付いた700CCくらい入りそうなボトル、タオルでした。
首に近い背に、バスタオルを折りたたんだものを敷いて、首には濡れない様にタオル。頭の下には特大の紙オムツ。

ジョロ付きボトルのお湯で髪をぬらし、普通のシャンプーで普通に洗ってくれました。頭皮のマッサージもしながら、しっかり洗ってくれたのです。

特大のオムツは、髪を湿らす時にも、すすぐ時も、大量の水分を吸ってくれるそうです。

もちろん、最初に真ん中あたりで吸わせたら、すすぎの時は半分ずらして右・左・・、乾いたところで吸わせてくれていました。

リンス付きで、仕上げはしっかり拭きとり、紙オムツを外して、ドライヤーも。
すっかりフワフワのパーマの髪が蘇り、見ている方も本人も、すごくリフレッシュしました。


母も嬉しくて、涙ぐみ、私達もずっと介護していて、心がほぐれる・・、そんな心暖かな気持ちは、何日ぶりだったでしょう。

入院していて、嬉しくて泣いたのはこれが初めてでした。
私達が母に対して介護している気持ちと、彼女の患者さんへの思いやりの心。


Aさん達にとっては、ごく普通の業務だったかも知れません。
でも、彼女達の、母に対する気持ちがとても嬉しく、私までも胸がいっぱいになりました。
今でも、その時の情景が思い出されると、涙がこみ上げて来ます。

『良かったね。私、シャンプーなんてしてもらえると思ってなかったから、凄く嬉しい。気持ち良くなったでしょう。』

『気持ち良かった・・』



"介護される方もお疲れですよね。大変ですね。患者さんも長いことお風呂に入れないから気持ち悪いですよね。私達にお任せ下さい。" そんな看護に対する姿勢が、しっかり私達の胸に届き、感動しました。


この時、私達は死を待つばかりの癌患者難民家族ではありませんでした。
ちゃんと人としての尊厳を守っていただき、支えられたから。

心を汲んでもらった、受け止めてもらえ、救い光を浴びた、そんな思いでした。

私達家族は、あの時、彼女からシャンプーをしていただいた事は、あの時の母の清々しい笑顔と共に、一生忘れない思い出となりました。

お二人の看護師さん達、本当にありがとうございました。m(_ _)m


家族として末期癌と闘う日々~最後の日

最後の1週間くらいは母はしだいに足が立たなくなりました。
出血傾向と栄養状態不良による手足の浮腫と腹水。しだいに、体のあちこちで内出血や紫斑。

それでもやはり母は、トイレに行こうとベットから降りましたので、姉とほとんど毎晩二人がかりで介助しました。一人が支え、一人が着脱。

息を引き取る数時間前まで絶対にベット上ではなく、トイレだったのです。

きつかったと思います。オムツにした方が楽だったのでは・・、と言う方もいらっしゃいますが、本人が行こうとするのは、止められません。

食も細くなり、2日前には血管がもろくなって点滴もれ後の再度チャレンジするところがなくなりました。

先生から

『出血傾向がかなりひどくなって来ていますので、首の血管から穿刺して輸液する方法もあるのですが、それでは、穿刺しただけで大出血の恐れがあります。ご家族として、どの様にしたいか、ご相談下さい。』と。

点滴漏れと内出血だらけのぱんぱんに両腕の状態の母に、家族として何をどう判断させたいと・・?



まだ、水分は500ccペットボトルに1本半くらい(一日に1リッター以上)は水分が摂取できていたので、

『今は点滴が1本だけです。点滴の後の刺し後をすごく痛がっています。今は水分も食べ物も少し飲食できているから、せめて数日は点滴をしないで本人の飲み食いで様子を見て、手の腫れを引かせてください。そして点滴できる状態になったら、その時に2~3本まとめて水分補給してあげてください。』

やっと点滴から解放された二日間でしたが、この頃から、少し、身の置き所のないきつさが出始めた様で、目が覚めている時は、私と姉が交代で、朝・夕・深夜を問わず、さすり続けておりました。


以前点滴をしていた頃は点滴の途中から痛み止めが注射できましたが、吐き気がする時は薬を飲ませることもできないし、点滴できる血管がないので、それもできず・・。吐き気止めの座薬だけでは、なかなか気分の悪さは取れない様子でした。


それでも、少し調子が良い時もありました。
午前中は義姉、姉、私の三人が母の部屋で話していた時に
義姉がふいに
『そうです、私は鬼嫁です』と言ったら、
『あら~、お姉さんはオニヨメじゃなくてアニヨメですよ~♪』など切り返す。
そんな明るい雰囲気の中で母が思わず笑ったので、女4人で大爆笑しました。

これが母の最後の笑顔。この時の笑顔は忘れられません。


午後からトイレに一度降りましたが、ほとんど出ず、すぐにベッドに戻りました。
上がるときは、まだ自分のひざで歩く格好でベッドの上に移動。

ところが、そのあと、またトイレに降りたくなったので下ろしかけたら、一気に顔色が悪くなり、姉と二人で顔を見合わせ、危機感を感じてすぐベッドへ。
この時は二人でようやく抱え上げました。

嫌な予感がして、
『お義姉さんと兄ちゃんに連絡を入れた方がいいかも。義兄さんにも。』

そして私も旦那様や娘にメールを入れました。

14時過ぎに私の息子が千葉から戻って病院に駆けつけました。
この日はもともと、大分勤務に戻るために、大分空港に14:10到着の予定だったのです。

母は、私の息子が帰ったのを見届けてからすぐに意識がおかしくなりました。まるで、今まで帰りを待っていたかの様でした。本当に偶然としか言いようがありません。

その後、まるで寝ぼけたような意味不明な言葉を一言、二言・・。
看護婦さんが部屋に来て血圧を測定してくれた時には、すでに脈は触れることができませんでした。
その後はまた、吐き気が催しましたが、落ち着くとまるで潮が引くように静かに、静かに・・・。


家族に見守られながらの最後でした。

長かったような短かったような介護生活も終わりました。6月11日に葬儀を無事に終え、まだ実家で兄弟達と諸手続きやお悔みに来られるお客様の接待などもやがて落ち着きつつあります。
いつもご訪問・応援くださいまして本当にありがとうございました。

皆様の温かいコメントやご訪問に励まされた日々でした。m(_ _)m

お礼

生前母のお見舞いにお足を運んでいただきました皆様、6月10日のお通夜及び、6月11日の葬儀にお越しいただきました皆様、ご弔電をいただきました皆様、生花をお送り下さいました皆様、ご香典をいただいたり、ご弔問下さいました皆様、お悔やみに来て下さいました皆様、この場をお借りして、心よりお礼を申し上げます。

私の母の実家は大分市内から1~2時間かかるところです。
そんな遠いところにもかわらず、通夜や会葬の際に会社の同僚や上司の方が来て下さって、ご焼香の際に見えた時には、ここまで来て下さった気持ちが本当にありがたかったです。
また、部一同でご香典もいただいたり、コメントもいただいたり、ありがとうございました。

うちの旦那様の関係の方は3時間くらいかかるところからも来ていただいておりました。また親族も遠くは福岡、東京など遠方からで本当に大変だったと思います。よく帰って来て参列して下さったと感謝・感謝です。

しばらく諸手続き、お悔やみの対応、遺品の整理などに追われ、お礼のご挨拶が遅れましたこと、お詫び申し上げます。

家族として末期癌と闘う日々~尊厳

数日前から母は何度も夜になると便意を催し、今ベッドに上げてポータブルトイレの消毒をしたと思ったらすぐに起き上がり、また行く…、の繰り返しでした。

看護師さんから

『あんまりきつい様ならお○っこの管を入れましょうか?』

と打診されましたが、
『本人が行きたがるうちは私達で介助したいからまだ入れないで下さい。』

とお断りをしました。


ただ横たわって寝ているだけの病人にしか見えなくても、トイレには行きたくなるし、1日に何度も水も飲みたくなります。


人は人間として生まれ、母親から排尿排便はトイレにするものだとしつけられて育つのですから、トイレで用をたすのは人として当たり前のこと。

私もそう躾されて来ましたし、子供達にも躾て今があります。

それが

『入院して介助が大変だからオムツにしていいよ。ウ○チもオムツにしてね。』

って、言われて嬉しい人はいないでしょう。

いくらご高齢者でも、意識が普通にあって、ご自分が動けない方なら、介護をする人に気を使ってやむを得ずしたくもないのにオムツにしているだけ。
本当は親から躾られた習慣、トイレに行きたい…。そんな人が大半だと思います。


常識で考える当たり前が、当たり前でなくなる入院生活や老い。


私達姉妹は、母に対しする思いは同じ。

『最後の最後まで、人としての尊厳を持たせ続けたい』
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